ウェブ開示事項の拡大に関する会社法施行規則・会社計算規則の改正
森・濱田松本法律事務所
弁護士 渡 辺 邦 広
1.はじめに
新型コロナウイルスの影響拡大により、決算に遅れを生じる会社が増えている。上場会社等においては、会社法上、定時株主総会の会日の2週間前までに行う招集の通知に際して、株主総会参考書類並びに計算書類、事業報告及び連結計算書類(計算書類及び事業報告については、監査役等及び会計監査人の監査報告を含む。)を提供しなければならず(会社法299条1項・301条1項・437条・444条6項)、株主の個別の承諾がある場合を除いて、この提供は書面で行わなければならないのが原則である(会社法299条2項・3項・301条1項、会社法施行規則(以下「施行規則」という。)133条2項1号、会社計算規則(以下「計算規則」という。)133条2項1号・134条1項1号)[1]。これらの書類を書面で提供をする場合、印刷・封入に要する期間を織り込む必要があるため、その所要期間は株主数等にもよるものの、上記の各書類を添付した招集通知を定時株主総会の会日の2週間前までに株主に発送するためには、更にその数週間前までには各書類の内容が固まっていなければならないというケースが多いものと思われる。
会社法上、上記の各書類の一定の事項については、ウェブ開示によるみなし提供が認められているものの(施行規則94条1項・133条3項、計算規則133条4項・134条4項)、例えば、事業報告の事業の経過及びその成果や単体の貸借対照表及び損益計算書については従来ウェブ開示によるみなし提供が認められておらず、これらの事項については、株主に書面で提供しなければならないこととされていた。これらの事項についてもウェブ開示によるみなし提供が認められれば、計算書類や事業報告の印刷・封入に要する時間を省略でき、未曽有の緊急事態とも言うべきコロナ禍の下でタイトとなる株主総会の日程に余裕をもたらすことから、法務省令の改正が望まれる状況にあった。
本年5月15日に公布・即日施行された会社法施行規則及び会社計算規則の一部を改正する省令(令和2年法務省令第37号。以下「本改正省令」という。)は、このようなニーズを受けて、新型コロナウイルスの影響が拡大する現状を踏まえた時限措置として、一定の要件の下で、従来、ウェブ開示によるみなし提供が認められていなかった事項の一部についてウェブ開示を認めるものである[2]。本改正省令については、法務省から、その内容について解説する文書(以下「本解説文」という。)[3]も公表されている。本年定時株主総会の運営を考えるに当たって重要な改正であるため、本稿では、その内容と実務上の留意点について検討を加えることとする。
なお、ウェブ開示によるみなし提供制度は、定款の規定があれば、機関設計等を問わず採用することができるものであるが、本稿では、説明の便宜の観点から、特に断らない限り、会計監査人設置会社であり、株主総会の招集通知を書面で行わなければならない取締役会設置会社(会社法299条2項2号)である公開会社を念頭に論じる。また、本稿中意見にわたる部分は筆者の私見であり、筆者が現在所属する又は過去に所属した団体の見解を示すものではない。
2.本改正省令の内容
ウェブ開示によるみなし提供制度とは、定款の規定に基づき、株主総会参考書類並びに計算書類、事業報告及び連結計算書類(連結計算書類については監査役等及び会計監査人の監査報告を含む。)について、株主総会に係る招集通知を発出する時から株主総会の日から3か月が経過する日までの間、継続して電磁的方法により株主が適用を受けることができる状態に置く措置(ウェブへの掲載)をとることにより、各書類を株主に提供したものとみなす制度である(施行規則94条1項・133条3項、計算規則133条4項・134条4項。以下説明の便宜の観点から、ウェブ開示によるみなし提供を、単に「ウェブ開示」という。)。
ウェブ開示の対象事項は、平成26年会社法改正に際しての法務省令の改正により拡大されたところ、その際には、記載事項の内容、記載事項とされる趣旨等に照らして、類型的に株主の関心が特に高いと考えられる事項や、実際の株主総会においても口頭で説明されることが多いと考えられる事項等は、株主に対して現に書面等により提供される必要性が高いと考えられることから、ウェブ開示の対象に追加せず、それ以外の事項について対象に追加するという考えで改正が行われた[4]。
本改正省令は、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、時限措置として、一定の要件の下で、従来はウェブ開示の対象とされていなかった、①事業報告の「当該事業年度における事業の経過及びその成果」(施行規則120条1項4号)及び「対処すべき課題」(同項8号)、②貸借対照表及び損益計算書、③事業報告及び計算書類に係る監査役等及び会計監査人の監査報告について、ウェブ開示の対象に追加するものである(施行規則133条の2、計算規則133条の2。以下、この2つの条文を指して「本特例」という。)。
これまでもウェブ開示の対象とされていた事項及び本改正省令により対象に追加された事項をまとめると、次表のとおりである。
【図表】ウェブ開示の対象事項の範囲の概要[5]
開示書類 | 記載事項 | 本改正省令による改正前 | 本改正省令による改正後(時限措置) | |
株主総会参考書類 | 議案(施73I①) | × | × | |
提案の理由(施73I②) | ○ | ○ | ||
監査役等による調査の結果の概要(施73I③) | ○ | ○ | ||
株主の議決権の行使について参考となると認める事項(施73II) | ○ | ○ | ||
社外取締役を置くことが相当でない理由(施74の2) | × | × | ||
みなし提供事項でない事業報告に表示すべき事項(施94I③) | × | × | ||
ウェブ開示を行うURL(施94I④、II) | × | × | ||
監査役等が異議を述べている事項(施94I⑤) | × | × | ||
事業報告 | 株式会社の状況に関する重要な事項(施118①) | ○ | ○ | |
内部統制システムの整備についての決議等の内容の概要等(施118②) | ○ | ○ | ||
会社を支配する者の在り方に関する基本方針に係る事項(施118③) | ○ | ○ | ||
特定完全子会社に関する事項(施118④) | ○ | ○ | ||
親会社等との利益相反取引に関する事項(施118⑤) | ○ | ○ | ||
【公開会社のみ】株式会社の現況に関する事項(施119①) | ||||
主要な事業内容(施120I①) | ○ | ○ | ||
主要な営業所及び工場並びに使用人の状況(施120I②) | ○ | ○ | ||
主要な借入先及び借入額(施120I③) | ○ | ○ | ||
事業の経過及びその成果(施120I④) | × |
一定の要件を満たす場合は ○ |
||
重要な資金調達、設備投資、組織再編等についての状況(施120I⑤) | × | × | ||
直前3事業年度の財産及び損益の状況(施120I⑥) | ○ | ○ | ||
重要な親会社及び子会社の状況(施120I⑦) | × | × | ||
対処すべき課題(施120I⑧) | × |
一定の要件を満たす場合は ○ |
||
その他当該株式会社の現況に関する重要な事項(施120I⑨) | ○ | ○ | ||
【公開会社のみ】株式会社の会社役員に関する事項(施119②) | ||||
会社役員の氏名(施121①) | × | × | ||
会社役員の地位及び担当(施121②) | × | × | ||
責任限定契約の内容の概要(施121③) | ○ | ○ | ||
会社役員の報酬等に関する事項(施121④~⑥) | × | × | ||
辞任し、又は解任された会社役員に関する事項(施121⑦) | ○ | ○ | ||
重要な兼職の状況(施121⑧) | ○ | ○ | ||
監査役等の財務及び会計に関する知見(施121⑨) | ○ | ○ | ||
常勤の監査等委員又は監査委員に関する事項(施121⑩) | ○ | ○ | ||
その他会社役員に関する重要な事項(施121⑪) | ○ | ○ | ||
社外役員に関する事項(施124I①~⑧) | ○ | ○ | ||
社外取締役を置くことが相当でない理由(施124II) | × | × | ||
【公開会社のみ】株式会社の株式に関する事項(施119③) | ||||
上位10名の株主の氏名等(施122I①、II) | ○ | ○ | ||
その他株式に関する重要な事項(施122I②) | ○ | ○ | ||
【公開会社のみ】株式会社の新株予約権等に関する事項(施119④) | ||||
会社役員の有する新株予約権等に関する事項(施123①) | ○ | ○ | ||
使用人等に交付した新株予約権等に関する事項(施123②) | ○ | ○ | ||
その他新株予約権等に関する重要な事項(施123③) | ○ | ○ | ||
【会計参与設置会社のみ】会計参与との間の責任限定契約の内容の概要(施125) | ○ | ○ | ||
【会計監査人設置会社のみ】会計監査人に関する事項(施126①~⑩) | ○ | ○ | ||
監査役等が異議を述べている事項(施133III②、133の2Ⅰ②) | × | × | ||
ウェブ開示を行うURL(施133IV、133の2Ⅱ) | × | × | ||
事業報告に関する監査役等の監査報告(施133Ⅰ②ロ) | × |
一定の要件を満たす場合は ○ |
||
計算書類 | 貸借対照表(法435II) | × |
一定の要件を満たす場合は ○ |
|
損益計算書(法435II) | × |
一定の要件を満たす場合は ○ |
||
株主資本等変動計算書(計59I) | ○ | ○ | ||
個別注記表(計59I) | ○ | ○ | ||
ウェブ開示を行うURL(計133V、133の2Ⅱ) | × | × | ||
計算書類に関する監査役等・会計監査人の監査報告(計133Ⅰ②ロ、③ロ・ホ) | × |
一定の要件を満たす場合は ○ |
||
連結計算書類(法444I、計61①~③) | ○ | ○ | ||
ウェブ開示を行うURL(計134V) | × | × | ||
連結計算書類に関する監査役等・会計監査人の監査報告(そもそも招集の通知に際しての提供は任意。計134Ⅱ) | ○ | ○ |
ただし、本改正省令は、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、特例的な時限措置として一定の要件の下でウェブ開示の対象事項を追加するものである。以下、本改正省令の内容につき留意すべき点を述べる。なお、本改正省令は、改正前にウェブ開示の対象とされていた事項について、ウェブ開示をするための要件等を変更するものではない(本解説文(注1))。
① 定款の定め
改正前同様、ウェブ開示をするためには、ウェブ開示をする旨の定款の規定が必要である。もっとも、本特例においては、条文上、改正前のウェブ開示の規定の措置をとる旨の定款の定めがあることが求められているにすぎず(施行規則133条の2第1項ただし書、計算規則133条の2第1項1号)、改正前から事業報告及び計算書類についてウェブ開示をする旨の規定を定款に定めている場合は、この要件を満たす(下記②の監査報告についてウェブ開示ができる旨が定款上明示されていなくても、事業報告及び計算書類についてウェブ開示をする旨の規定を定款に定めてさえいれば、その監査報告についても、ウェブ開示の対象となる。)。
本解説文においても、本改正省令による改正前の施行規則又は計算規則に基づきウェブ開示をする旨の定款の定めが既にある場合には、本改正省令を受けて定款の定めを新たに設けたり、変更したりする必要はないと説明されている(本解説文(注2))。
② 監査役等及び会計監査人の監査報告のウェブ開示
本改正省令により、事業報告及び計算書類に係る監査役等及び会計監査人の監査報告についても、ウェブ開示の対象に追加された(本解説文(注3))。
この点、条文としては、事業報告に関しては、監査役等の監査報告を含めた「提供事業報告」(施行規則133条1項2号ロ)についてウェブ開示を認めるという規定ぶりとされ(施行規則133条の2第1項)、また、計算書類に関しては、監査役等及び会計監査人の監査報告を含めた「提供計算書類」(計算規則133条1項2号ロ・3号ロ・ホ)についてウェブ開示を認めるという規定ぶりとされる(計算規則133条の2第1項)ことにより、規定されている。
なお、連結計算書類に係る監査役等及び会計監査人の監査報告については、改正前から、定時株主総会の招集の通知に際して株主に提供することまでは要求されておらず、定時株主総会において監査結果を報告すべきこととされている(会社法444条7項)。実務上は、定時株主総会の招集通知に連結計算書類に係る監査役等及び会計監査人の監査報告を添付することが多いが、これは法的に必須の措置ではなく、また、会社が任意に招集通知に添付することとした場合でも、改正前からウェブ開示の対象とすることが認められていた(計算規則134条2項・4項)。この点は、本改正省令により変わるところはない。
③ 貸借対照表及び損益計算書並びにその監査報告についてウェブ開示を行うための要件
本改正省令によりウェブ開示の対象に追加される事項のうち、貸借対照表及び損益計算書並びにその監査報告については、会計監査人の監査報告による無限定適正意見が付されていることなどの一定の要件を満たす場合にのみ、ウェブ開示を行うことが認められている(計算規則133条の2第1項2号~6号)。
この要件は、会計監査人設置会社において、計算書類が定時株主総会の決議事項ではなく報告事項となるための要件(会社法439条、計算規則135条)と同様であることから、当該要件を満たさず計算書類について定時株主総会の承認(会社法438条2項)を要することとなる場合には、貸借対照表及び損益計算書並びにその監査報告はウェブ開示の対象とならないことに留意が必要である(本解説文(注4)。なお、この場合には、承認を受ける計算書類の内容は、決議事項の議案を構成するが、議案についてはウェブ開示の対象とされていないので(下記⑤参照)、結果的に、計算書類全体について書面での株主への提供が必要となる)。
④ 株主の利益への配慮の要件
本改正省令によりウェブ開示の対象に追加される事項については、いずれも、ウェブ開示を行う場合には、「株主の利益を不当に害することがないよう特に配慮しなければならない」とされている(施行規則133条の2第4項、計算規則133条の2第4項)。
これは、前記のとおり、株主に対して現に書面等により提供される必要性が高いと考えられることから、従来ウェブ開示の対象としないという判断がされていた事項について、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、特例的な時限措置としてウェブ開示を認めるに当たり、本来は書面等により提供される必要性が高いことを踏まえた配慮をすることを求めるものであると解される。
本解説文においては、この点について、以下の説明がされている。
3 株主の利益への配慮 本省令は、改正前の会社法施行規則及び会社計算規則においてはウェブ開示によるみなし提供制度の対象とされていなかった2の事項(筆者注:本改正省令によりウェブ開示の対象に追加される事項)を同制度の対象とするものであることから、2の事項についてウェブ開示をする場合には、株主の利益を不当に害することがないよう特に配慮しなければならないこととしています。 どのように株主の利益に配慮するかについては、各社が置かれた個別具体的な事情を踏まえた各社の判断によることとなりますが、例えば、次に掲げるような方法をとることが考えられます。 (1) 2の事項について、できる限り早期にウェブ開示を開始すること。 |
配慮の方法として、上記説明において例示されている上記(1)の措置については、実務的にも、本特例に従い定時株主総会の招集通知の発出の時にはウェブ開示を開始することを前提に(施行規則133条の2第1項、計算規則133条の2第1項)、より早期にウェブ開示を開始することが可能であれば、できる範囲においてそのように対応することになると考えられる。そのため、上記(1)の措置については、実務上、自然に対応することが可能であると考えられる。
また、上記(2)の措置は、本改正省令によりウェブ開示の対象に追加される事項について、株主総会前に、準備ができ次第速やかに印刷した書面を株主に送付する、又は、送付を希望した株主にのみ、準備ができ次第速やかに印刷した書面を送付することとし、その旨予め招集通知に記載しておくというものである。もっとも、これも「できる限り」の措置とされており、新型コロナウイルス感染症の拡大防止も踏まえた役職員の稼働の制限等により、そのような印刷・封入を行うことが難しいといった事情があるという場合についてまで、上記の措置をとることが求められているわけではないと解される。また、希望者にのみ送付するという対応をとる場合でも、送付希望の受付のタイミングが株主総会直前であったために、株主総会前に発送をすることができなかったとしても特に問題になるものではないと解される。
次に、上記(3)の措置については、従前から、実務上、何らかの形でウェブ開示を行った事項を記載した書面を株主総会の会場に用意している会社が多いことからすれば[6]、実務的にも、対応は可能な場合が多いものと考えられる。
また、上記(1)から(3)の措置は、いずれも、本解説文において、「どのように株主の利益に配慮するかについては、各社が置かれた個別具体的な事情を踏まえた各社の判断によることとなりますが、例えば、次に掲げるような方法をとることが考えられます。」として例示されているものにすぎない。そのため、その全ての措置を必ずとらなければならないわけではなく、また、それ以外の措置をとることも許容されるので、上記の例示を参考に、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から稼働できる役職員が限定される場合にはその状況も含め、各社が置かれた個別具体的な事情を踏まえた各社の判断により、できる限りの措置を講じれば足りるものと解される。
⑤ 本改正省令によってもウェブ開示の対象に含まれない事項
上記図表記載のとおり、本改正省令による改正後も、(i)株主総会参考書類の議案、(ii)事業報告の重要な資金調達、設備投資、組織再編等についての状況、重要な親会社及び子会社の状況、会社役員の氏名、地位及び担当並びに報酬等に関する事項等は、ウェブ開示の対象とはならない(施行規則94条1項1号、133条の2第1項1号)。
このうち、上記(i)株主総会参考書類の議案について、定款変更議案や役員選任議案等は、実務上、決算とは切り離して内容を確定できることが多いと考えられるので、ウェブ開示ができないことは通常支障にならないと考えられる。剰余金の配当・処分の件(会社法452条・453条)のように計算書類と関連する議案の場合には、決算と切り離すことが難しい場合もあるように思われるが、分配可能額に余裕を持たせた範囲での剰余金の配当は決算確定を待たずに議案の内容を確定することも可能と考えられるし、また、議案はまさに株主総会の決議事項そのものであり、株主の関心がとりわけ高いと考えられる事項であるため、本特例においてもウェブ開示の対象には含まないこととされたものと思われる。また、会計監査人設置会社においても、会計監査人の監査報告による無限定適正意見が付されていることなどの一定の要件を満たさない場合には、計算書類について株主総会の承認が必要となるため(会社法439条、計算規則135条)、決議事項の議案としての計算書類の内容については、ウェブ開示の対象には含まれないこととなる。
また、上記(ii)事業報告の重要な資金調達、設備投資、組織再編等についての状況、重要な親会社及び子会社の状況、会社役員の氏名、地位及び担当並びに報酬等に関する事項等については、実務上、決算とは切り離して内容を確定できることが多いと考えられるので、ウェブ開示ができないことは通常支障にはならないと考えられる(新型コロナウイルス感染症の影響により、海外子会社の決算の関係で決算が遅れるケースも多いが、事業報告の記載事項としての重要な子会社の状況としては、子会社の業績までは記載しないのが通常である。)。もっとも、事業報告の対象事業年度の業績が確定しないと、当該事業年度の業績連動報酬が確定しない会社においては、決算と切り離して会社役員の報酬等に関する事項(施行規則121条4号)の内容を確定することが困難な場合もあると考えられるので、注意が必要である。
⑥ 本改正省令の施行日及び時限性(本特例の有効期間)
本改正省令は、その公布の日(本年5月15日)から施行される(本改正省令附則1条)。本特例は条文上「定時株主総会に係る招集通知…を発出する時」から行う措置の規定であり(施行規則133条の2第1項、計算規則133条の2第1項)、本改正省令の附則においては本特例の適用の開始時期について施行日のほかに特段の経過措置は置かれていないので、施行前に定時株主総会の招集の決定がされていたとしても、施行後に定時株主総会の招集通知が発出される場合には、本特例に基づくウェブ開示を行うことができると解される(適用関係の明確化のために、施行後に定時株主総会の招集の決定を行う(又はやり直す)ことも許容されるが、それは、本特例に基づくウェブ開示を行うための必須の要件ではないと考えられる。)。
また、本改正省令は、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた時限措置であるため、本特例は、本改正省令の施行の日から起算して6か月を経過した日に、その効力を失うこととされている。ただし、同日前に招集の手続が開始された定時株主総会に係る事業報告及び計算書類並びにその監査報告の提供については、本特例は、なおその効力を有することとされている(本改正省令附則2条)。具体的には、本年11月16日より前に取締役会で定時株主総会の招集を決議した場合には、ウェブ開示自体は同日以後に行われることになったとしても、本特例に基づくウェブ開示を行うことが可能であると解される[7]。
3.本年定時株主総会の開催方法との関係
上記2⑥で述べた本改正省令の有効期間内であれば、例年通り、定時株主総会全体を事業年度末日後3か月以内に開催する場合に、本特例に基づくウェブ開示を行うことができることは、条文上明らかである。
もっとも、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、本年定時株主総会については、例年より開催時期が遅れる場合があるところ、その場合には、(a)定時株主総会全体の開催を事業年度末日後3か月経過後に遅らせる方式、(b)事業年度末日後3か月以内に定時株主総会を開催するものの、決算関係の目的事項は、事業年度末日後3か月経過後の継続会(会社法317条)に委ねる方式、又は、(c)事業年度末日後3か月以内に定時株主総会を開催するものの、決算関係の目的事項は、事業年度末日後3か月経過後に別途開催する臨時株主総会に委ねる方式をとることが考えられる。
本稿では、これらの方式の具体的内容及び優劣には立ち入らないが、実務的には、上記(a)~(c)の方式はいずれもとり得る選択肢であるものと考えられる[8]。これらの場合には、決算やその監査が完了する時期や各書類の印刷・封入に要する期間を見越して総会日程を組むことになると考えられるので、本特例に基づくウェブ開示を行う実務上の必要性は低下すると考えられるが、以下、その適用関係を検討する。
まず、本特例は、条文上「定時株主総会の招集の手続を行う場合において」「定時株主総会に係る招集通知…を発出する時」から行う措置の規定であるため(施行規則133条の2第1項、計算規則133条の2第1項)、上記(a)のように定時株主総会全体の開催時期を遅らせる場合には、本特例に基づくウェブ開示を行うことは可能であると考えられる。
次に、上記(b)の継続会方式の場合には、計算書類その他の決算関係の書類は、当初の定時株主総会の招集通知には添付されず、継続会の前に別途株主宛てに送付される継続会の開催通知に添付されることになると考えられる[9]。この継続会の開催通知は、厳密には定時株主総会の招集通知ではないため、本特例の直接の適用対象でないようにも思われる。もっとも、継続会方式においては、この継続会の開催通知が、実質的には、定時株主総会の招集通知の一部を構成するものと考えられるので、本特例の適用を受けることができると解するのが合理的であると考えられる[10]。
最後に、上記(c)の臨時株主総会方式の場合には、計算書類その他の決算関係の書類は、臨時株主総会の招集通知に添付されることになると考えられる[11]。本特例の上記文言のみからすれば、臨時株主総会については、本特例の適用対象ではないようにも思われる。もっとも、本特例が、その文言上「定時株主総会」についての規定となっているのは、会社法437条が「定時株主総会」の招集の通知に際して株主に計算書類及び事業報告を提供することを求めていることを受けたものであり、実質的には、本特例は、計算書類及び事業報告を提供する株主総会に適用があると解することはできると考えられる。そのため、「臨時株主総会」と呼称されていても計算書類及び事業報告を提供する株主総会は、本特例の適用に関しては「定時株主総会」であると解して、本特例の適用を受けることができると解するのが合理的であると考えられる[12]。
以 上
[1] 昨年12月4日に成立し、同月11日に公布された会社法の一部を改正する法律(令和元年法律第70号)により、これらの書類を含む株主総会資料の電子提供制度が新設されることになるが、その施行は、制度の準備に要する期間を踏まえ、公布の日から3年6月以内の政令で別途定める日とされている(同法附則1条ただし書)。
[2] 本改正省令の内容は、http://www.moj.go.jp/content/001319803.pdfに掲載されている。なお、本改正省令は、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ、緊急に定める必要があり、行政手続法39条4項1号の「公益上、緊急に命令等を定める必要があるため、 意見公募手続を実施することが困難であるとき」に該当することから、意見公募手続(パブリックコメント手続)は実施されていない(本解説文5)。
[4] その後、本年4月23日開催の内閣府の規制改革推進会議第9回成長戦略ワーキング・グループ資料2-2(法務省民事局作成)においても、「重要な事項、類型的に株主の関心が特に高いと思われる事項等は、対象外」とされている。
[5] 坂本三郎編著『一問一答平成26年改正会社法〔第2版〕』(商事法務、2015)392~393頁の図表を元に、筆者において編集したものである。なお、「○」はウェブ開示の対象となっている事項、「×」はウェブ開示の対象となっていない事項を指す。また、「法435II」は会社法435条2項、「施73I①」は施行規則73 条1項1号、「計59 I」は計算規則59条1項をそれぞれ意味し、その他の引用条文も同様の例による。
[6] 商事法務研究会編「2019年版株主総会白書」商事2216号(2019)71頁によれば、ウェブ開示を実施した会社1294社のうち、「WEB開示箇所の書類を受付の際に交付」した会社が129社(10.0%)、「WEB開示箇所を含む完全版の招集通知を受付の際に交付」した会社が19社(1.5%)、「WEB開示箇所の書類を総会場に備置」した会社が826社(63.8%)、「WEB開示箇所を含む完全版の招集通知を総会場に備置」した会社が89社(6.9%)である。
[7] 塚本英巨「ウェブ開示の対象を拡大する特例措置に係る法務省令改正の概要」商事2231号(2020)38頁。
[8] 澤口実「決算手続遅延と株主総会実務」商事2230号(2020)60頁。なお、上記(b)の継続会方式や(c)の臨時株主総会方式の適法性については、学説上、否定的な見解もあるが、本稿ではその点には立ち入らない(前者についてSH3121 会社法・金商法と会計・監査のクロスオーバー(3) 新型コロナウイルス感染症の影響と連結計算書類 弥永真生(2020/04/24)、後者についてSH3131 座談会 新型コロナウイルス感染症と令和2年度定時株主総会(下) 藤田友敬 三笘 裕 飯田秀総 塚本英巨(2020/05/01)参照)。
[9] 本年4月28日付金融庁・法務省・経済産業省「継続会(会社法317条)について」参照。
[10] 前掲注7・塚本39頁参照。
[11] 拙著「取締役の任期と『定時株主総会』の意義」商事2152号(2017)41頁参照。
[12] 「臨時株主総会」という呼称は用いていないが、結論において同様の見解を述べるものとして、前掲注7・塚本39頁。
(わたなべ・くにひろ)
森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士。コーポレート・ガバナンス業務、株主総会対応、会社法関係争訟を含む紛争解決、M&A / 組織再編を専門とする。2004年東京大学法学部卒業、2006年弁護士登録(第二東京弁護士会)、森・濱田松本法律事務所入所、2012年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M., Harlan Fiske Stone Scholar)、米国 Simpson Thacher & Bartlett 法律事務所にて執務(~2013年4月)、2013年法務省民事局にて執務(平成26年会社法改正を担当)(~2015年6月)。