『上村達男先生古稀記念「公開会社法と資本市場の法理」』を読んで
弁護士 遠 藤 元 一
市場機能を確保するための法として金融商品取引法(以下「金商法」という)を捉え、証券市場の要請に耐えうるガバナンスを備えた公開会社法制を説く上村達男博士の古稀記念論文集は、全6章・27編の論文からなる「公開会社法・資本市場法」というキャンパスを鮮やかに彩る読みどころ満載の大著である。
以下では、自らの力量を省みず、評者の好みで幾つかの論文を取り上げ紹介したい。
冒頭を飾るに相応しい諸論文を収録する第1章「公開会社法 総論」からは、河村賢治教授の論文を紹介する。
河村論文は、最近、一種のブーム現象にもなったといえるSDGs・ESG・SCSについて、企業は単なるCSRや倫理的観点からではなく、事業に直結しうるものとして捉えるべきで、わが国の状況(ハードローの不足や省庁横断的なガイドライン等の作成の必要性)や、会社法学および金融・市場法学の観点から再検討が必要な課題を踏まえ、公開会社法をベースとした「持続可能社会法学」で対処することを志向する。資本市場法の裾野を広げる契機となる萌芽を提示し、金融・資本市場法のさらなる発展を期待させるチャレンジングな内容に、読み手の1人として敬意を表したい。
第2章「株主・株主権」にも意欲的な論稿が目白押しであるが、本論文集の執筆者のなかで唯一、競争法の研究者である川濵昇教授の論文を紹介する。
川濵論文は、競争関係にある複数の会社の株式を特定の株主が保有する場合、その持分が影響力行使の水準に達しない少数持分であっても、反競争効果をもたらすことがあり(最狭義の共通株主問題)、その深刻さは、株式保有構造と市場の寡占化の状況、ガバナンスシステム等に依存するとされる。そして、分散投資した機関投資家であっても、ガバナンスへの関与が公共の利益に反する可能性があることを指摘する。「機関投資家の行動がガバナンスに与える影響」は、最近、会社法・市場法のメインストリームで論じられるテーマの1つである。競争法の第一人者による、米国の航空市場における実証研究を契機とする問題提起は、市場法と競争法との学際的研究の重要性を改めて認識させる。
第3章「ガバナンス・内部統制・監査」は、ガバナンスの機能不全(不祥事)、内部統制、会社法・金商法監査まで、幅広いテーマについて研究者・実務家の力作が収録されている。ここでは柿﨑環教授の論文と藤田友敬教授の論文を紹介したい。
柿﨑論文は、連邦会社法を持たない米国では、COSOやERM等のフレームワーク策定等を含め、連邦レベルでの多様な手段を用いてガバナンスを実現しており、その1つである改訂版ERMが米国上場企業の取締役会の監督機能にどのような影響を与えるかを分析するものである。
また、藤田論文は、取締役の監視義務に関する最判昭和48年5月22日判決の射程が、内部統制が整備され、代表取締役等の業務執行の監視が行われている場合には及ばないとした上で、取締役会の監督義務、取締役の監視義務、内部統制システムが互いに関連することなく発展した経緯があることを指摘し、内部統制構築義務を導く根拠を2つの局面に分け、内部統制システムの構築も取締役会による決定と代表取締役による構築とに分けて分析を行う。
モニタリングモデルとしての取締役会の機能が重視される現在、柿﨑論文が紹介・分析する米国の動向は参考になる。また、取締役の監視義務、内部統制システム構築義務をモニタリングモデルとしての取締役会の役割と整合的に捉えようとの藤田論文の試みは、研究者および実務家に刺激を与え、理論および実務の深化が期待される。
第4章「企業情報の開示」に収録された論文はすべて事業報告等と有価証券報告書の関係を取扱っているが、その中から川島いづみ教授の論文を取り上げたい。
川島論文は、わが国で関心を集めている「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示」が英国ではかねてより実務的に一貫して行われ、非財務情報の重要性の高まりと開示実態を見直す契機が高まり、会社法における非財務情報の開示書類として戦略報告書の導入、EU指令の国内法化として戦略報告書に非財務情報説明書が挿入され、充実した非財務情報を記載した戦略報告書の作成が義務づけられることを紹介し、わが国の非財務情報の開示について会社法の事業報告を有価証券報告書で代替する可能性を検討する。
非財務情報の開示の促進がホットイシューとなっている現在、英国やEUの先進的な取組みの状況を知ることは、研究者だけでなく、直接・間接に開示実務に関わる企業・法曹実務家にとっても極めて有益であろう。
実務に密接なテーマを扱う論文を収録する第5章「企業買収・組織再編」からは、久保田安彦教授の論文を紹介する。
久保田論文は、金商法の組織再編成に係る開示制度が抱える問題は、組織再編成による証券の発行・交付と有価証券の募集・売出しとで発行開示規制と継続開示規制のいずれの適用関係でも問題状況が類似している米国の制度を米国とは異なる状況にある日本にそのまま導入したことが原因であるとし、この問題に対する基本的な解決策を金商法開示と会社法開示との統合で解決すべきとの方向性を示す。
技術的なテーマでありながら、同論文が示す方向性が、公開会社法・市場法を組織再編成に係る法改正や解釈等の実務が参照ないし依拠すべき基礎理論の構築・発展に寄与することを期待したい。
他の章と比較して、多様・広範なテーマに関わる論文を収録する第6章「金融・資本市場」からは、松岡啓祐教授の論文を紹介したい。
松岡論文は、金融機関が経営破綻した場合のセーフティ・ネットとして世界での取組みに倣い、わが国で導入された投資者保護基金制度について意義や運用のあり方を検討するにあたり、EUで導入された投資者補償制度(ICS)に関する加盟国の主要な状況、改正提案等を検証し、それらから示唆を得ようとする。破綻処理法制は会社法制における1つの重要な柱であり、市場機能を確保するための施策を検討する上で、EUの状況を認識・検証することは不可欠であり、投資者保護制度研究の第一人者による分析は貴重な示唆を与えてくれる。
弁護士会主催の研究会で上村博士を「天空を自由に舞う白馬」と紹介した評者(2016・11・10日本経済新聞朝刊「交遊抄」)として、古稀記念論文集を手に取って、天空を舞う白馬を中心とした自由な空間を共に感じていただくことをお勧めしたい。
尾崎 安央・川島 いづみ・若林 泰伸 編
A5判上製/804頁 |
遠藤 元一(えんどう もとかず)
弁護士・東京霞ヶ関法律事務所(第二東京弁護士会所属)。立教大学・上智大学非常勤講師。
日本内部統制研究学会理事。優れた第三者委員会表彰委員会委員。
(著作)
「『監査における不正リスク対応基準』が取締役に及ぼし得る影響(上)(下)」商事法務2023号、2024号(2014年)
「公益通報者保護法改正のグランドデザイン」国際商事法務45巻4号(2017年)ほか著書・論文多数。