弁護士の就職と転職Q&A
Q54「法律事務所の分裂をどう受け止めるべきか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
「日本で弁護士の人材市場が創設されたのはいつか?」と尋ねられたら、私は、2004年の三井安田法律事務所の分裂を挙げています。金融機関による不良債権処理を背景とした事業再生型M&Aや不動産流動化案件で東京のリーガルマーケットが急速に拡大している中で、(1) インターナショナル・ローファームに合流するか、(2) 国内の大手事務所に合流するか、(3) 独立系事務所の路線を続けるか、という、パートナー間の戦略の違いが見事に現れた事件でした。
それから、14年が経った現在は、東京のリーガルマーケットは成熟しつつあり、カリスマ的な魅力を備えたボス弁が第一線を退く時期を迎える中で、若手パートナーが(恩義のあるボス弁に縛られることなく)自らの活躍のしやすい環境を求めて、所属事務所を離脱する場面が増えて来ています。
1 問題の所在
人の集団の解散の契機は、「お金」に絡む問題であることがきわめて多いです。音楽グループであれば、「音楽性の違い」を表向きの理由にすることもできますが、法律事務所においては、各パートナーが別々に業務を行っていれば、他パートナーから業務への干渉を受けずに日々を過ごすことができます(利益相反の問題を別とすれば)。そのため、本業ではなく、オフィスの賃貸借契約の更新等を巡る話し合いが具体的な引き金となって、「利益の配分方式」又は「経費の使い途」に関する意見の対立が表面化した際に分裂が現実味を帯びて来ます。
「利益の配分方式」の公正さを巡る議論は、世代間闘争の様相を呈しています。事務所の基礎やブランド構築の功労に報いるためには、顧客開拓時の功績に手厚い利益分配が設計されることになりますが、市場が成熟してくれば、新規の顧客開拓も困難となり、むしろ、「手を動かしている実働者への分配を増やすべきである」という議論が起きて来ます。
「経費の使い途」については、例えば、企業法務中心のパートナーと、一般民事中心のパートナーが組んでいれば、前者が、依頼者企業の高い要求水準に応えるための人材育成に投資したいと考えるのに対して、後者は、広告宣伝費への支出を優先したがる傾向があり、意見の対立が生じます。また、企業法務を扱うパートナー同士の間においても、国内業務中心のパートナーにとっては、自己の業務に還元されもしない海外案件確保のための先行投資を続けることに合理性を見出すことが困難になります。
リーガルマーケットが成熟化しつつある中で、これらパートナーの立場に応じた利害対立は、今後、より深刻化してきそうです。所内の利害対立を踏まえて、若手弁護士は、自らのキャリアを見据えて、どのような指針を持って行動すべきかの迷いを抱く場面が生じています。
2 対応指針
パートナーが事務所を離れる際に「競業避止義務」等を考慮しなければならないのとは異なり、アソシエイトにとっては、事務所の分裂に際して、「デフォルト設定は『残留』」(=移籍を正当化するほうに立証責任が課されている)というわけではありません。実際上は、「過去志向」で決断するか、「未来志向」で決断するかがポイントになります。
「過去志向」とは、「弁護士になってから、最もお世話になったパートナーと行動を共にする」という発想です。確かに、「恩義あるパートナーを裏切る」ような行動は避けるべきですが、30歳のアソシエイトであれば、残り30年以上の弁護士人生を左右する選択となるので、基本的には「未来志向」で判断すべきです(実際、パートナーの側も「置いていけない」という義務感で誘っている場合もあります)。
「未来志向」は、アソシエイトの年次によって、判断基準が変化していきます。ジュニアの場合には、「一緒に仕事をしたいパートナー」「学びたい先輩」に同行するという価値判断が最優先となりますが、年次が上がるほどに、「どちらにいるほうが、自己の専門性を発揮しやすいか?」「上に自己と被る先輩がいないか?シナジーがあるか?」の考慮が大きくなってきます。
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(にしだ・あきら)
✉ akira@nishida.me
1972年東京生まれ。1991年東京都立西高等学校卒業・早稲田大学法学部入学、1994年司法試験合格、1995年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程(研究者養成コース)入学、1997年同修士課程修了・司法研修所入所(第51期)。
1999年長島・大野法律事務所(現在の長島・大野・常松法律事務所)入所、2002年経済産業省(経済産業政策局産業組織課 課長補佐)へ出向、2004年日本銀行(金融市場局・決済機構局 法務主幹)へ出向。
2006年長島・大野・常松法律事務所を退所し、西田法律事務所を設立、2007年有料職業紹介事業の許可を受け、西田法務研究所を設立。現在西田法律事務所・西田法務研究所代表。
著書:『弁護士の就職と転職』(商事法務、2007)